ことなしの森

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JTBが石垣島に設置する人工浮島(ポンツーン)の話を科学的な視点から

6月28日、石垣島の海に人工の浮島(ポンツーン)を設置設置するというニュース沖縄タイムスによって報じられた。このリンク先でヤフコメ欄を見てもらえば分かる通り、「環境破壊やめろ」「この島の開発されていない感じが好きなのに」の大合唱である。

この話題について、大学で環境学を嗜んだ者として少し言いたいことがあるので書いてみる。

大前提として、石垣島は観光業で食っている

色々書く前に、まず大前提となる事実がある。石垣島は観光業で成り立っている島だということだ。

日本島嶼学会名誉会長の嘉数啓氏の著書『島嶼学』によると、現代の島では様々な物を島外から購入して生活する必要があるため、島を国に例えるならば輸入依存型の経済であるという。輸入依存型の経済では当然慢性的な貿易赤字が発生することになるが、世界中の島で赤字解消のための主要財源となっているものを分けると「海外送金の受け取り」、「政府開発援助(ODA)」、「観光収入」の3つだそうだ。

そして日本のような先進国の島嶼部では海外に出稼ぎに出ている人はほとんどおらず、他国からのODAも受けていない。そのため、必然的に観光収入だけが外貨獲得の手段となる。
また、COVID-19の感染拡大で世界中の観光がストップしたものの、パンデミック前を考えると観光は世界レベルでの成長産業だった。2009年に日本を訪れた外国人は700万人弱だったのが2019年には3200万人弱。経済が停滞している日本のみならず、世界の中でも有数の成長スピードと市場規模を誇る産業だったのである。

美しい自然と特徴的な文化という恵まれた観光資源を持っている石垣島もこの恩恵を受けていたことは言うまでもない。沖縄県の資料によると、2017年に石垣島及び周辺離島を訪れた県外からの観光客1人当たりの総消費単価は90,968円、県外からの石垣島及び周辺離島への観光客総数は923万7千人。単純計算で1年間に約840億円。これが石垣島とその周辺の観光収入である。
石垣市の人口は49584人(2021年5月)であるから、石垣市民1人当たり約170万円の収入がもたらされていることになる。観光庁の資料によると日本全体で見ると日本の観光収入は国民1人当たり高々4万円(2019年)であるから、石垣島が如何に観光に依存しているかがよく分かる。

ここで言いたいのは、「石垣島は観光で成り立ってるから観光のためなら環境破壊も致し方ない」ということではない。

石垣島は観光で成り立っているから、観光資源の利用方法の決定権は島民が有することであり、外野がとやかく言うことではない」ということだ。

これを前提とした上で、以下いくつかの論点に分けて駄文を書いてみる。

論点①:人工浮島(ポンツーン)の環境への影響

そもそもポンツーンは海にどのような影響を与えるのだろうか。

これについては既に様々な研究が行われており、主に以下の3つが周辺海域の環境に影響を与えることが分かっている。

・ポンツーン本体による海流の変化
・ポンツーンによる日照時間減少、酸素溶入低下
・ポンツーン係留のための杭の設置

これらが環境にどう影響を与えるのかはポンツーンの大きさや設置場所によっても異なるので一概には言えないが、石垣島の場合はポンツーンの真下にあるサンゴには確実に影響を与えると思われる。特に、3つ目の杭の設置はサンゴに直接物理ダメージを与えるだろう。

しかし、一つ頭に置いておいてほしいことは、ポンツーンが海洋に与える影響を調べた研究が念頭に置いているポンツーンと今回のポンツーンでは大きさが決定的に異なるということだ。

というのも、これまで研究対象になってきたポンツーンは海上基地や海上滑走路が想定されていて実際の実験でも約1000m×約100mのポンツーンが海に設置されたのに対し、今回の石垣島のポンツーンはたったの50m×27mしかない
沖縄タイムスの記事では「巨大な浮島」という言葉が使われているが、これまで研究対象になってきたポンツーンのサイズからするとかなり小さいポンツーンなのである。

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横須賀沖で実験に使用されたメガフロート(写真:国交省

したがって、海に与える影響も当然小さくなる。
特にポンツーンは(未処理の下水等を垂れ流さない限り)ポンツーン周辺のかなり限られた範囲にしか影響を及ぼさないことが分かっており、一般的に海に多数浮かべられている養殖筏などよりも小さい50m×27mのポンツーンが与える影響をどれくらい問題視するべきかは疑問である。

そこで、次の論点である。

論点②:ポンツーンの影響って他の人工物に比べてどれくらい大きいの?

50m×27mのポンツーンが環境に影響を与えることは確かだが、それは他の人工物に比べて大騒ぎするような環境破壊なのだろうか。

 環境学を嗜んだ私の意見は「NO」である。

石垣島には当然様々な人工物があり、その中には石垣島とその周辺海域の自然環境に大きな影響を与えているものもある。港湾施設空港メガーソーラーなどだ。地球規模で見れば海水温の上昇なども石垣のサンゴに影響を与える。

これら様々なものが石垣島の美しい自然に影響を与える中で、今回のポンツーンだけことさらに取り上げて批判する合理的な理由などない。

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石垣島のメガソーラー(写真:日建ハウジング)

論点③:実はそもそもダイビング自体が環境に悪影響

上の二つの論点はポンツーンやその他の人工物が環境に与える影響についての話だった。
今度は、そもそもダイビングという行為が環境にどういう影響を与えているかについての話。

結論から言うと、ダイビングという行為自体が環境に悪影響だ。

これについては"Environmental impact of recreational diving"というタイトルでWikipediaのページが長々と作られているくらいのトピックなのでダイビングが趣味の人にとっては当たり前かもしれないが、ダイビングをやっていない人からするとあまりピンと来ないだろう。

簡単に言うと、ダイバーとサンゴとの接触やサンゴへのアンカーリング(投錨)によってダイバーが多い地域では顕著にサンゴが減っている、という話である。

これがどう論点になるかと言うと、要するにダイバーが「ポンツーンによる環境破壊やめろ」と叫んでいることに違和感を覚えているのである。どの口で言っているのか、と。

論点④「開発されていない感が好きなのに」への違和感

とは言え、「環境破壊やめろ」という意識があること自体は素晴らしいことだ。それに、普段「環境破壊やめろ」と叫んでいる非ダイバーの環境保護活動家も車を使ったりプラスチック製品を使ったりしている。人類が活動する上で環境への影響が全く無いなどということはないのだ。
そう考えると、サンゴを破壊し続けているダイバーが二枚舌を駆使して「環境破壊やめろ」と叫んでいるのも許そうという気になってくる。

だが、「環境破壊やめろ」というダイバーの意見を許容できたとしても、「開発されていない感が好きなのに」という意見には違和感が残る。

 論点②で書いたようにそもそも石垣の自然環境に影響を与えるものは種々あるにも関わらずそれらには声を上げず、自分たちが石垣島に求めていた「開発されていない感」が失われようとした瞬間に環境破壊を大義名分として掲げる人々。

そこに自然破壊への憂慮は本当にあるのだろうか?石垣市民の生活が何で成り立っているか想像できているだろうか?

結局、石垣の自然環境などどうでも良く、石垣市民が生業としていた観光業がCOVID-19によって大きなダメージを負っていることもどうでも良い。自分たちが「開発されていない感」のある海でダイビングをできればそれで良し。それが石垣の海である必要は無い。

そう考えている人があまりにも多いのではないか。

これが、今回この記事をブログで書こうと思った理由だ。

(終)